善人になろうと思って、人前では善を尽くす
そのうち善が苦しくなり、ちょっとした悪をすると
一瞬でひっくり返って全て悪とされる
逆もそう
敢えて善悪と書いたけど
全てその人なんだよね。
等身大以上の自分になろうとして実際なっても
それは虚像であり
やがてその虚像の状態が怖く、苦しくなっても
虚像の状態が周囲に認知されていると
等身大に戻る事が許されなくなる流れができる
だからその流れを止めたくて、等身大に戻りたくて
何か事件とか、この世界で言う犯罪的なものや
周囲の環境などを破壊するような言動行動などを
起こして止めようとする
無意識にその結果が欲しくなり原因を作る。
それ以前に、等身大以上の虚像的なものは
自然に剥がれるようになっているんだね。
例えば、多くの人の前で演説や講演をしたい
会う人を笑顔にしたい
など、と自分が思うならば
その本質はもう持っているのだから
等身大の自分でできるのだから
虚像を貼り付けなくても、剥がしても大丈夫なのです。
そして自分の中の闇と光(陰と陽)の両方を大切にして
闇の部分を押し込めて隠さなくても大丈夫
押し込めて隠せば隠すほど、目の前にその闇が投影され
隠せなくなり、噴出する
それは自分自身が、その闇の部分を受容したい
受容して欲しいという表れなのですね。
二極のどちらかを選んで、一方を捨てて生きなくてもよくて
二極が自分の中にある事を認識して、両方もって生きる
そうしてその中に、自分が生きたい世界
喜びとか楽しさとか、求めるものがあるのです。
だからそれで大丈夫なんですよ。