依存先を増やす

「自立とは依存先を増やす事」

こういう考え方があります。

僕はこの考え方、結構好きです。

依存という言葉に対してアレルギーだった時期が

自分は何でも出来て、完璧な自立をしていると思っていた時期が

僕にもありました。

震災の時、お店がやっておらず

お金はお財布に結構入っていたのに

買い物ができなかった経験を、改めて今年思い出して

買いたい物を売ってくれる

食べたい物を食べさせてくれるお店に

少しだけ(少しづつ)依存させてもらっているんだな

そう気付いたのでした。

それに気付いたら、依存というものに対する抵抗感が

薄れてきたんですね。

 

自分の代わりに野菜作ってくれる人

自分の代わりにその野菜を運んでくれる人

自分の代わりにその野菜売ってくれる人

自分の代わりにその野菜を料理してくれる人

野菜と逆向きにお金が流通していても

お金をお支払いする事で、自分が出来ない事

やりたくない事を、やってもらっている。

これだって言わば依存だ。

人間は日常的に、お金で物事を解決している。

それでもOKなのですよ。

 

 

依存できない事も、もちろんありまして

自分の代わりにトイレ行ってくれる人いない

自分の代わりに食事してくれる人いない

自分の代わりに喜怒哀楽を味わってくれる人いない

自分の代わりに生きてくれる人いない

 

本当に自分にしかできない事(依存できない事)は

自分でやればいいのです。

出来ない、やりたくない事はやりたければ自分でやったり

出来るようになっても(努力しても)いい。

自立とは依存先を増やす事

お願いする、お願いできるようにする事

そんな気がするのです。

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