僕のやりたい事
僕のこだわりたい事
違うものだったなぁ。さっき気付いた。
TwitterとFacebookでこんな投稿して
ああそうかと。
やりたい事が、こだわる事で
やれなくなったら
やれじゃないか(笑)
こだわりを捨てて
やりたい事をやる。
ひとつのやり方、考え方にこだわったり
占いや何かの鑑定結果にしがみつき
こだわって気にして自分を決め付けて。
星だの月だの宇宙人だの
次元だの波動だの成功法則だの
どうでも良かった。
そんなもの全部超える。
超える、っていうか
もう超えてた。以上。
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となかなか勢い良く書いたわけですが
これは上で挙げたものを否定しているのではなく
「在る」事を知った上で、という事です。
参考にしたり、自分にとっての学び
そこはありがたく受け取っていきたい
そう思います。
例えば僕は数秘の鑑定ができますが
参考にしつつも、そこにとらわれず。
鑑定が出たと言って、その枠に嵌って
生きなければならない訳でもなく
そこを超えて生きていいのです。
占いや何かの鑑定結果で
「あなたはこういう人」「こういう傾向」
そういわれて安心したら、それでいいのです。
そして安心したら、それを捨てても
いいのですね。
僕自身が数秘の鑑定で
「だから自分はこうなんだ」
そこで安心した事があります。
でもしばらくして気付いた事
その鑑定結果通りに振舞っている自分がいたのですよ。
だから僕から数秘の鑑定受けた方は
もしよろしければ
「ああそうか」と納得したら
あの鑑定結果、後生大事に取っとかずに
遠慮なく捨てちまってもOKですからね。
あんなA4の紙数枚に、あなたという人の全てが
ある訳でもなんでもありませんから。
あ、参考にするのはOKですよ。
そこが統計学の役目でもあるでしょう。
ただその結果の紙に、あなたという人を
無理やり嵌め込まなくてもいいのです。
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こだわりにこだわらず
やりたい事やります。
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この辺りは時間とともに変化するかもなぁ。